大判例

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大阪高等裁判所 平成元年(う)134号 判決

本籍

大阪府岸和田市春木若松町三番

住居

同市上野町東一〇番二三号 池田ハイツ三〇五号

会社役員

濱吉里志

昭和二一年一月一日生

本籍

高知県香美郡野市町土居一〇九二番ロ番地

住居

大阪府堺市中百舌鳥町六丁九九八番地の三

中百舌鳥公園団地五号棟七〇三号

無職

山本德行

大正一三年四月一四日生

右両名に対する各相続税法違反被告事件について、昭和六三年一二月一日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から各控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 篠原一幸 出席

主文

原判決中、被告人濱吉里志に関する部分を破棄する。

被告人濱吉里志を懲役一年六月及び罰金五〇〇万円に処する。

被告人濱吉里志において右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人山本德行の本件控訴を棄却する。

理由

被告人両名の各控訴趣意は、被告人両名の弁護人和島岩吉、同黒川勉、同小野田学共同作成の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらをそれぞれ引用する。

各論旨はいずれも量刑不当を主張するものである。そこで、各所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討すると、本件は、全日本同和会大阪府連合会(以下、「同和会」という。)岸貝支部長(後に同会岸和田支部顧問)の被告人濱吉及び行政書士の被告人山本が、同岸貝支部事務局長(後に同会岸和田支部長)の野口忠夫、会社役員山本實、同村木良己と共に、税務指導と称して一般市民から客を募り、これらの客に同和会の各支部を経由して相続税等の不正申告をさせてそのほ脱をさせ、その見返りに謝礼を得ることを目的とする脱税グループを作り、これらの者と共謀し、山本實の働きかけにより八光信用金庫従業員から紹介を受け(その従業員の一部とも共謀)、前後三回(三件)にわたり、被告人山本において他の税理士に依頼して相続税の不正申告書を作成し、被告人濱吉において同和会岸貝支部その他同会支部を経由してするものであることを明示して、これを所轄税務署に提出し、もって相続税合計二億四九〇〇万円余りをほ脱し、右三件のほ脱により、被告人濱吉において約二六九五万円の、被告人山本において約二三九五万円の利得をした、という事案である。被告人らの行つたこれらの脱税請負的行為は国の徴税制度を蝕むものであるうえ、その動機は自己の利得ないし所属団体のための不正な利益の取得をはかる点にあり、罪質動機は、ともに甚だ悪質であり、ほ脱の額も相当高額で、三件を通じてのほ脱率も九〇パーセントを越えているのである。一方、税務当局は、同和会を経由して行われるこのように国の徴税制度を蝕む行為を黙認し、被告人らの犯行を助長したものと認められるのであって、この点は被告人らに有利な事情として考慮されるべきものであり、更に本件においては、後日各納税義務者によって本税及び加算税がすべて完納されており、被告人らを含む本件各共犯者において、その取得した利得の全部について、これを各納税義務者に弁償し、あるいは弁償する旨の示談が成立していることが認められる。

以上の基本的犯情を踏まえて、被告人両名について、原判決の量刑の当否について考えてみるに、まず、被告人濱吉は、本件各犯行において中心的地位にあるといわなければならない。たしかに、所論が指摘するように、共犯者の山本實や村木らがもっぱら自己の利得を目的として本件脱税行為に加担し、現に多額の利益を得ているのに対し、同被告人はいささかなりとも同和運動の資金を得ようと意図しており、現に本件で得た不正の利益の幾分かはそのために投じられているものとは認められるけれども、本件の核心は、同和会を舞台として慣行的に行われた点にあり、山本實らの働きかけがその主要な原因ではなく、同被告人こそその中核的存在であり、本件共犯者中最も重い責任を負うべきものであると考えられる。加えて、罪質は全く異なるものの、昭和五九年二月道路交通法違反罪により懲役三月・三年間執行猶予に処せられ、その猶予期間中に本件各犯行を犯したものであることに徴すると、同被告人には、右前科の外には懲役刑の前科はないこと、また本件後、自宅を売却して資金を作り、本件の各納税義務者に対し合計二六二五万円を支払い、保釈保証金から六〇五万円を支払う旨約してそれぞれ示談書を交わしていること、その他諸般の情状を斟酌しても、その刑責は重く、同被告人を懲役一年六月及び罰金二〇〇〇万円に処した原判決の量刑は、その懲役刑に関する点については、これを相当であると考えざるをえない。しかし、前記のように、本件利得金のすべてについて納税義務者に対し、弁償ないしほぼ支払い確実な示談を遂げており、右示談履行後においては格別経済力もないと認められる同被告人に対し、一年六月という懲役刑の実刑に加えて、更に二〇〇〇万円の罰金刑を科するのは酷であり、原判決の量刑はこの点において重きに過ぎるといわざるをえず、原判決はその全部について破棄を免れない。

次に、被告人山本についてみるに、同被告人は、かつて税務署に勤務した経歴がありながら、行政書士としての責務に反し、不正な申告書の作成にかかわり多額の利得に与かったものであって、その刑責は重く、同被告人は、業務上過失傷害罪による罰金刑一件の前科以外に前科がなく、また、本件の各納税義務者に対し、合計四一九八万円を支払い、本件による利得を全く手元に残しておらず、起訴外の同種事件についても一部利得の返還をしていること、諸般の事情を斟酌しても、同被告人を懲役一年六月及び罰金一五〇〇万円に処した原判決の量刑が重すぎるとは考えられない(前記のように、本件により利得した分以上を各納税義務者に返還している同被告人に対する右罰金刑の併科も、懲役刑が執行猶予されていることと併せて考察すると、不当に重いとは認められない。)。従って、被告人濱吉に関する論旨は理由があり、被告人山本に関する論旨は理由がない。

よって、被告人山本に関し刑事訴訟法三九六条により同被告人の本件控訴を棄却することとし、被告人濱吉に関し同法三九七条一項、三八一条を適用して、原判決中、同被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により更に次のとおり判決する。

被告人濱吉について原判決の認定した事実に同被告人に関し原判決の挙示する法令を適用して同被告人を懲役一年六月及び罰金五〇〇万円に処し、刑法一八条により同被告人において右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 髙橋通延 裁判官 萩原昌三郎)

○控訴趣意書

被告人 濱吉里志

右の者に対する相続税法違反事件について、弁護人らは次の通り控訴趣意書を提出する。

平成元年四月二八日

右弁護人 和島岩吉

同 黒川勉

同 小野田学

大阪高等裁判所

第五刑事部 御中

一、大阪地方裁判所第一二刑事部は、昭和六三年一二月一日、被告人に対し、懲役一年六月の実刑及び罰金二〇〇〇万円の判決を宣告した。

しかしながら右原判決は、被告人に懲役一年六月の実刑に処した点及び罰金刑をした点について、いずれも量刑不当で破棄を免れない。

二、原判決は(量刑の事情)において、被告人を実刑に処した量刑における総論的及び各論的事情について論ずるので以下検討する。

まず、弁護人は、本件の背景として、全日本同和会の税の申告についての指導及び認識の問題点、国税当局の対応の問題点、同和地区外の人の税対策での同和団体の利用の問題点を主張してきた。

1、全日本同和会の問題点について

全日本同和会は、相当以前から、被差別部落以外の人の税の申告を全日本同和会を通じてしているが、全日本同和会は部落開放同盟とは異なって、同和団体としての組織的問題を内包しており、本件同様の脱税事件を多数起こした原因となったと思われる。

全日本同和会は、被差別部落出身者以外の人(もちろん出身者もいるが)が会員となって、組織を構成していることと、実態として、一般会員がほとんどいないという点である。昭和五八年頃、本来の同和運動以外の目的――税の申告、建築関係の許認可――を有した人が大挙全日本同和会に入会し、大阪府連の組織拡大がなされ、従来一〇支部しかなかったのが五〇支部にも拡大された。時期を同じくして、全日本同和会を通じた地区外の人の税の申告――脱税が増大したのである。

全日本同和会大阪府連は、税務対策で支部の運営費をまかなうという指導を行っていたのであり、そのもとで、税の申告を行っていた者には、それが脱税であるという違法性の認識がきわめて薄弱であったのも理由のあるところである。

この点について、原判決は「同連合会においては、被告人らのグループが一連の犯行に及ぶかなり以前から、この種行為によって活動資金の調達や私利を図る者がいたことがうかがわえる」といいながら、一方では、「この種行為に対する疑念は、同連合会内部にも当然存在し得た」と判示し、同連合会の組織体質からくる本質的問題を充分に認識しているとはいえない。

この種行為に対する疑念は、同連合会には具体的には存在しなかった。具体的方策、抑制的対応は皆無であり、原判決の指摘は観念的にすぎると言うべきである。

2、国税当局の対応の問題点について

国税当局は、同和団体を通じて税の申告があった場合、それが被差別部落出身者なのか、それ以外の人の申告なのかを具体的にチェックするのは相当困難ではあるが、抽象的指導は可能である。

しかしながら、右の視点での国税当局の対応は皆無であった。

とくに、全日本同和会の税申告の実体は、大半が地区出身者以外の者の税の申告であり、そのことは全日本同和会の組織実体をみれば、税務当局にも把握されていたはずであり、当然、チェックがあって然るべきであった。

特に、本件の場合、被告人濱吉は、全日本同和会の賛助会員として申告しているのである。税務署の窓口である各税務署の総務課長は、本件が被差別部落出身者以外の者の税の申告であるのはわかっていたはずである。

しかしながら、事実上、それは黙認されていたのである。

この点について、原判決は「この種事犯に対する当局側の対応に問題がなかったとはいえないけれども」と指摘するにすぎない。この原判決の当局側の対応に対する認識はきわめて甘いと言わざるを得ない。当局側が「賛助会員」に対して少しばかりの真摯な対応さえしておれば、本件犯行はいずれも未然に防げていたのである。

こうした国税当局の対応を前提とすれば、被告人を含む全日本同和会が、税務対策によって、運営費を捻出するのを国税当局が認めてくれていると誤解するのも、あながち非難しえないと言わなければならない。

3、地区外の人の同和団体の利用の問題点について

昭和五八年頃から、被差別部落外の人の間に、同和団体を通じて、税の申告をすれば税金が安くなるとの風潮が出てきた。

本件についてみれば、八尾グループ――山本実、村木――の紹介がなければ、被告人らは本件のような多額の脱税申告をすることはなかったと思われる。さらには、八尾グループに、脱税の顧客を紹介したのは八光信用金庫である。社会の公器ともいうべき金融機関が、預金確保という私利のために全日本同和会の税申告を利用したものであり、ここに、同和団体を利用しようという社会の風潮は極まったというべきである。

原判決には、この点についての指摘がない。とくに八尾グループの役割の重大性が欠落している。八尾グループが存在しなければ、本件はいずれも起っていなかったのである。八尾グループは同和運動とは全く無関係であり、私利私欲のためのみに本件を犯しているが、被告人は同人なりの同和運動をしていたのであり、原判決にはこの視点が全く欠落している。

原判決は、以上の本件の三つの背景事情をもっと重視すべきである。

三、次に、原判決は、被告人の個別情状として、「脱税謝礼金を同連合会岸貝支部の運営費から、自己の主催するサークル等の旅行費・・・等に充てていた」と指摘する。原判決のいう自己の主催するサークルとは新生クラブのことであり、これは一般のサークル活動ではなく、部落出身者で組織した被告人の同和運動の一形態であり、原判決の同和運動に対する全くの無理解を端的に示す表現というべきである。その点はともかくとして、被告人は脱税謝礼金のかなりの部分を同和運動の資金として使ってきたことは紛れもない事実であり、この点は、八尾グループのように同和運動とは何の関係もなく、私利私欲のためだけに本件を犯した者とは厳に区別すべきものであり、原判決とは反対に、悪い情況としてではなく、むしろ被告人に有利な情状となるべきものである。

次に、原判決は、被告人が道路交通法違反の罪で執行猶予中であったこと等を挙げ規範意識が欠如していると強く論難する。しかし、道路交通法違反と本件脱税とは、全く罪質を異にし、原判決指摘の前科前歴のみで、規範意識の欠如が看過できないとして、実刑に処する程の事実かとなると、はなはだ疑問といわざるを得ない。

四、被告人に有利な事情

被告人は高知県の被差別部落の出身であり、昭和三〇年に大阪に出てきたが、高知、大阪での生活は極貧であった。四畳半一間に一一人家族が生活するありさまであった。

同和運動の必要性を感じた被告人は、昭和五一年に全日本同和会大阪府連東支部に入会し、昭和五二年に府連青年部に入り、昭和五六年七月に岸貝支部長となっている。

この間、昭和五二、三年頃から地元で新生クラブという同和運動としてのサークル活動を始めている。その資金は、月額二~三〇〇〇円の会費以外は全て被告人が支出していた。

さらに、昭和六一年三月に新生産業株式会社を設立している。この会社は、岸和田において、同和地区出身者の失業者が多いことから、地区出身者の就職先を確保するために、岸和田港のスクラップの共同組合の運送をする目的で設立したのである。その資金一五〇〇万円は全額被告人が支出したものである。

その運動資金(岸貝支部、新生クラブ、新生産業の費用)を捻出するために、税の申告(脱税)をし、本件を犯すに到ったものである。

この点は被告人の有利な情状として充分に考慮されなければならないが、原判決では、右の点について考慮されていない。ただ規範意識を欠くに至った事情として考慮されているにすぎない。

右の被告人の同和運動に対する真摯な活動歴及び原判決の指摘するその他の有利な情状を総合すれば、被告人に対する実刑判決は、過酷にすぎると言わなければならない。

五、八尾グループとの量刑の比較について、

八尾グループの被告人山本実、同村木と対比すれば、同人二人の取り分と被告人濱吉ら三人の取り分が折半であること、本件は八尾グループ及びその背後にいる八光信用金庫の存在がなければ、被告人濱吉らには、これほど多額の脱税事件を起しえないこと、被告人濱吉らは同和運動の過程でその資金作りとして脱税をしたが、八尾グループは、純然たる金儲けにすぎないことを考慮すれば、被告人濱吉以上に八尾グループの罪責は重いといわなければならない。

ところで、山本実、村木はいずれも執行猶予の判決を受けている。両名は被告人に比し、多額の利得金の返還をしている点はあるが、とくに彼らが私利私欲のために本件を犯したのに対し、被告人は同和運動の資金作りのために本件を犯し、厳に謝礼金の相当を同和運動の資金に使用している点を重視しなければならない。だとすると、被告人の罪責が山本実、村木よりも重いとは、とうてい考えられず、山本実、村木が執行猶予で被告人が実刑というのは刑の均衡を失していると言わざるを得ない。

六、罰金刑について、

原判決は、被告人に罰金二〇〇〇万円を併科したが、これは罰金についての理解を誤ったものであり、破棄を免れない。

罰金は、被告人に不当な私得を得させないための刑罰である。

ところで、被告人濱吉はすでに、二六五〇万円の弁済をし、報酬の残額は保釈保証金から支払う約束ができており(その支払いを弁護人が保証)、実質全額弁済したに等しい。

従って、被告人については、罰金刑については科刑の必要がないというべきである。

加えて、山本実、村木については罰金刑は科されていない。これは弁護人の主張が正しいことを表していると言うべきであり、被告人についても右両名と同様に扱われるべきである。

七、以上のように、原判決には、量刑不当があり、破棄を免れず、是非とも懲役については執行猶予を、罰金については科刑なしのご判決を賜りたい。

○控訴趣意書

被告人 山本德行

右の者に対する相続税法違反被告事件について、弁護人らは次の通り、控訴趣意書を提出する。

平成元年四月二八日

右弁護人 和島岩吉

同 黒川勉

同 小野田学

大阪高等裁判所 第五刑事部 御中

一、大阪地方裁判所第一二刑事部は、昭和六三年一二月一日、被告人に対し、懲役一年六月、執行猶予四年、罰金一五〇〇万円の判決を宣告したが、右判決は量刑不当であり破棄を免れない。

二、原判決は、被告人に罰金一五〇〇万円を併科したが、これは罰金についての理解を誤ったものであり破棄を免れない。

被告人は、本件三件で金四一九八万円の弁済をしており(加えて余罪につき金一二〇〇万円)、被告人の手元には利得が残っているどころか、利得以上の弁済をしていることは明らかである。

従って、被告人に罰金刑については科刑の必要がないというべきである。

加えて、山本実、村木については罰金刑は科されていない。これは弁護人の主張が正しいことを示しているというべきあり、被告人についても右両名と同様に扱われるべきである。

三、以上、原判決が、被告人に罰金刑を併科したのは、不当であり破棄されるべきである。

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